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東京地方裁判所 平成3年(行ウ)254号 判決

原告

X

右訴訟代理人弁護士

高野隆

岡村茂樹

神山祐輔

海老原夕美

被告

法務大臣

三ヶ月章

右指定代理人

矢吹雄太郎

外六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成三月九月一七日付けでした在留期間更新を不許可とする処分を取り消す。

第二事案の概要

一本件は、日本人の配偶者等の在留資格をもって本邦に在留する外国人である原告が、平成二年一〇月一二日付けで在留期間更新の申請(以下「本件申請」という)をしたところ、許可されなかったので、その不許可処分(以下「本件処分」という)が違法であるとして、その取消しを求めるものである。

二本件の前提となる事実関係は、次のとおりである(証拠により認定した事実は、その末尾に証拠を掲げた。その余の事実は、当事者間に争いがない。)

1  原告は、一九六六年(昭和四一年)一〇月六日生まれの男性で、パキスタン・イスラム共和国の旅券を有する外国人であり、昭和六三年一〇月二八日、東京入国管理局成田支局入国審査官から、旧出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの。以下「旧法」という。また、右改正後の同法を単に「法」という)四条一項四号所定の在留資格(短期滞在)及び在留期間九〇日の上陸許可を受けて本邦に上陸した。

2  原告は、昭和六一年一月以降、何度か日本に短期滞在して知人の経営する飲食店を手伝ったことがあり、昭和六三年六月ころ、友人のパキスタン人の紹介で日本人Y(旧姓「浅香」、以下「Y」という)と交際を始め、間もなく互いに婚姻の決意を固めた。原告は、パキスタンに一時帰国した後、右のとおり、再度来日したものである(〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果)。

3  原告は、昭和六三年一二月二一日、Yと婚姻し、平成元年一月一〇日、旧法四条一号一六号、出入国管理及び難民認定法施行規則(平成二年五月四日法務省令第一五号による改正前のもの)二条一号(日本人の配偶者又は子)に該当するものとして在留資格及び在留期間三月の在留資格変更許可を受けた。

原告は、Yと婚姻後、Yの実家である埼玉県浦和市〈番地略〉浅香正方に居住し、平成二年五月二八日、その間に長女亜莉沙をもうけた。なお、原告は、平成元年四月五日及び同年六月二九日、各六月の在留期間更新の許可を受け、その在留期限は平成二年一〇月一〇日までとなっていた。

4  原告は、平成二年六月二七日、強盗の被疑事実で逮捕され、身柄を拘束されたまま、神奈川県相模原市及び千葉県浦安市で実行された二件の強盗の事実で同年七月一八日及び同年一〇月二二日に東京地方裁判所に起訴され、平成三年七月一九日、これら強盗の事実により懲役三年六月の実刑判決(以下「一審判決」という)の言渡しを受けた。東京高等裁判所は、平成四年五月二七日、原告の控訴を棄却する旨の判決を言い渡し、一審判決は同年六月一一日確定した。原告は府中刑務所において服役中である(二回目の公訴提起について〈書証番号略〉、服役について原告本人尋問の結果)。

5  原告は、一審において、浦安市の強盗につき概ね犯行を認め、相模原市の強盗について犯行を否認していたものである。また、原告に対しては、一旦、平成三年二月一三日付けの保釈許可決定があったが、検察官の抗告により同月二〇日これが取り消された。そのため、原告は、判決確定まで身柄の拘束を解かれなかった。

確定した一審判決が認定した犯罪事実は、原告が、訴外Zなどと共謀して、平成二年二月三日午前二時ころと同月二五日午前五時ころの二回にわたり、それぞれパキスタン人等の居住する居室に押し入って金品を強取したというものである(〈書証番号略〉)。

6  Yは、右第一審の公判中であった平成二年一〇月一二日、原告の代理人として、東京入国管理局警備二課において本件申請を行った。

これに対し、被告は、右刑事事件の一審の公判の推移を見守り、一審判決が言い渡された後の平成三年九月一七日、本件処分をした。

第三本件の争点は本件処分の法適合性の如何であって、これに関する当事者の主張は次のとおりである。

1  被告

(一)  外国人の入国及び滞在の拒否は、当該国家が自由に決し得るものであって、条約による特別の取決めがない限り、国家は、外国人の入国又は在留を許可する義務を負うものではない。そして、外国人が、一旦、法上の一定の在留資格を認めて一定期間の在留を許可されたとしても、法上在留期間の更新が権利として保障されているものではないから、被告としては、出入国管理行政上の見地から、更新の必要性、相当性を審査し更新の許否を判断するのであり、被告には右判断について広汎な裁量権がある。したがって、在留期間更新の許否に関する被告の処分が違法となるのは、処分にかかる判断が全く事実の基礎を欠くか、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限られる。

このことは、日本人の配偶者として日本に在留する外国人が在留期間の更新許可を求める場合でも同じである。

(二)  被告は、在留期間の更新の申請があった場合、具体的には、国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地にたって、申請事由の当否のみならず、当該外国人の在留中の行状、国内の政治、外交関係等諸般の事情をも総合的に勘酌し、その許否を決定するものである。

(三)  本件処分当時原告の受けた判決は確定していなかったが、そこで認定された犯罪の内容が悪質であり、原告はその起訴事実の一部は認めていて、一審判決が確定すれば法二四条四号リの退去強制事由(一年を超える懲役若しくは禁固に処せられた者)に該当することとなることから、被告は、原告の在留継続が我が国社会にとって好ましくないと判断し、本件処分をしたものであって、その判断は裁量権の範囲内の適法なものである。

2  原告

(一)  何人も自己の家族と同居して生活する自由を国家によって奪われてはならず、平穏な家庭生活を営む権利は、憲法一三条及び二五条によって保障されているところである。

また、確立された国際法規である世界人権宣言一二条は、何人も自己の家庭、家族に対してほしいままに干渉されることはなく、人はすべてこのような干渉に対して法の保障を受ける権利を有すると定め、同一六条一項及び三項は、人種、国籍等による制限を受けることはなく婚姻し家庭を作る権利及び家庭が社会や国の保護を受ける権利のあることを定めている。さらに、我が国が批准した「市民的及び政治的権利に関する国際規約」一七条及び二三条も明文をもって右と同様の権利を保障している。

したがって、外国人が、日本人の配偶者を有し我が国において家庭を築いて生活している場合において、その外国人に対し在留の継続を許さないことは、当該外国人が憲法上及び国際法上保障されている平穏な家庭生活を営む権利を侵害する行為となる。原告は、我が国において日本人の配偶者と婚姻し、家庭を築き、その間に女児をもうけており、国際法の上からも憲法の上からも、在留を継続する権利を有するというべきである。したがって、本件処分は、右のような原告の平穏に家庭生活を営む権利を侵害するものとして違法である。

(二)  刑事被告人は、無罪の推定を受けているのであり、有罪判決が確定するまでは、起訴された犯罪事実の存在を前提とする法的扱いを受けてはならない。このことは、憲法上も国際法上も確立された原則である。

したがって、被告としては、本件申請が行われた段階において、起訴された犯罪事実を考慮することなく、在留期間の更新の許否を判断しなければならなかった。そうしておれば、「原告は日本人の配偶者等」としての在留資格を有するのであるから、更新は当然許可されたはずであった。

(三)  このことは、本件処分時においても同様であって、当時有罪の一審判決は言い渡されてはいたが、未だそれが確定してはいなかったのであるから、被告としては、更新の許否の判断において一審判決が認定した犯罪事実を考慮すべきではなかったのである。なぜなら、いったん在留期間が更新されても、その後法二四条四号リ所定の退去強制事由が生じれば、被告は、更新された期間内においても退去を強制できるのであるから、被告としては、本件申請の許否の判断について、原告の刑事事件の推移を見る必要はなかったものである。まして、有罪の一審判決が確定しない段階で、判決確定を先取りするかのように、将来右の退去強制事由が発生することを予測して本件申請を不許可としたことは、判決確定までは有罪と扱われないという被告人に付与された法的地位を無視した行為である。

(四)  在宅のまま起訴された被告人や保釈された被告人につき在留期間の更新許可申請があったとすれば、被告としては、長期間その許否の判断を保留しなかったと思われるが、勾留中の被告人であった原告についても、同様の扱いをすべきであった。

原告は、有罪とされた強盗事件の首謀者ではなく首謀者に脅迫されて嫌々犯罪に加担せざるをえなかったものであり、実際にも見張り程度しか行っておらず、強盗の実行行為に加わっていない。したがって、被告が、違法に本件申請を放置せず、かつ、起訴事実を勘酌しないで申請を許可しておれば、一審の審理において保釈やこれに続く執行猶予付の有罪判決が得られる蓋然性が高かったのである。本件処分は、原告に対する理由のない差別的扱いであり、原告に著しく苛酷なものであった。

(五)  右のとおり、本件処分は、判断するにつき勘酌してはならない事由(有罪判決確定前の犯罪事実)を勘酌して行われたという違法があり、かつ、本来判断すべき時期に判断がされず、その結果原告に著しく苛酷で社会的妥当性を欠くに至ったものであって、右処分は裁量権の範囲を越えた違法なものとして取消しを免れない。

第三当裁判所の判断

一法は、我が国にある外国人の在留期間更新の許否について、被告が「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」許可するものとし(法二一条三項)、その拒否の判断について特に考慮すべき事項や考慮すべきでない事項をあげるなど、その判断を羈束するような規定を置いていない。これは、在留期間更新の許否をあげて被告の広汎な裁量的判断に委ねる趣旨に出るものと解される。

もっとも、法は、裁量的な判断であっても恣意的で合理性を欠くようなものまで許容するものとは解されないから、更新を不許可とした判断が、およそ事実の基礎を欠いていたり当然考慮すべき事情を考慮しなかったりして、その結論が恣意的であるとか著しく社会的妥当性に欠けるとか評価されることになる場合には、当該処分は被告に委ねられた裁量権を逸脱し、あるいは濫用したものとして違法となると解すべきである。

二1  原告のように「日本人の配偶者等」としての在留資格を認められた外国人は、法上、我が国で許容される活動に制限が加えられていないという点において、他の在留資格によって在留する外国人とは異なった地位が付与されている。しかし、「日本人の配偶者等」としての在留資格を認められた外国人についてもその在留期間は三年以下に制限されており、その更新については、他の在留資格で在留する外国人と同様に、被告の許可を要するものとし、その更新の許否の判断について、法は、前記のとおり当該外国人が日本人の配偶者であることを配慮すべきことを規定しているわけではないから、法が、日本人の配偶者である外国人に対し、そうではない外国人とは異なって、原則として在留の継続を要求できるような法的地位を付与していないことは明らかである。

2  また、原告の主張する国連決議や条約は、これによって日本国政府に対し、直ちに、我が国に在留する外国人の在留の継続を保障する義務を負わせるようなものではないし、憲法一三条や二五条をもって、日本人と婚姻した外国人に対し、原則として我が国での在留継続を要求できる地位を保障する趣旨を含むものとも解し難い。

3 したがって、被告が日本人の配偶者である外国人に対して行う在留期間の更新の許否の判断については、法的あるいは制度的制約があるとする原告の主張は、採用することができない。

三そこで、本件処分について被告に裁量権を逸脱し、あるいは濫用した点があるか否かにつき検討する。

1  被告は、本件申請当時、原告が身柄を拘束されたまま強盗の罪で起訴され、犯行の一部を否認して第一審の公判手続中であったことから、一審判決の言渡しを待ち、原告を三年六月の懲役に処した一審判決(控訴により確定はしていない)を判断資料としたうえで、原告の在留中の行状を考慮して、本件処分を行ったのである。

一審判決は、刑事訴訟法に基づく厳格な審理及び採証を経て行われたものであるから、被告がこれに従って原告の在留中の行状を認定したことについては、それがおよそ事実の基礎を欠いたものとすることはできない。また、一審判決は、法定刑を酌量減刑したうえでなお原告を三年六月の実刑に処しており、そこで認定された事実によれば原告の刑事責任が必ずしも軽微なものでないことは明らかであるから、原告の在留中の素行が善良でないと認め、在留継続を相当でないとした被告の判断に合理性を欠く点があるとは言い難い。

2  被告の行う当該外国人の在留中の行状の認定は、出入国管理行政における外国人の在留期間の更新の許否に関する裁量的判断の前提として行われるものである。原告が主張する無罪推定の原則は、国の刑罰権の発動の可否が問題とされる刑事手続で採用されているものであるから、この原則が、刑事手続とはおよそ制度目的を異にする出入国管理行政に直ちに適用されると解することは困難である。そして、有罪判決確定前に行われた在留期間更新の許否の判断に際しては、その更新を申請する外国人の行状を判断するにつき、刑事手続における起訴事実や判決が認定した罪となるべき事実及び情状に関する事実は、判決が確定していなくても、判断の重要な資料となるのは当然であり、刑事手続における無罪推定の原則が、在留期間更新許否の判断においてこのような事実を考慮されないという原則まで含むとする根拠はないから、この点に関する原告の主張は失当である。

3  また、刑事訴追を受けている外国人から在留期間更新の申請があった場合に、起訴された犯罪事実を含めた当該外国人の行状について、被告が独自に事実関係の調査をしたうえで許否の判断をするか、起訴事実に関する裁判所の判断を資料とすることとし、そのために裁判所の判断が出るまで許否の判断を保留するかという点についても、被告の裁量に任されているというべきである。原告が起訴された強盗の罪は法定刑が五年以上とされる悪質な犯罪であり、一般的に罰金等の軽微な科刑や執行猶予が予測される罪ではないから、その罪が認められるか否かに関する裁判所の判断は、当該外国人の我が国における在留継続の許否の判断について重要なものであることはいうまでもない。したがって、被告が、一審判決があるまで、一一月余本件申請に対する判断を保留したからといって、本件処分に裁量権の逸脱、濫用があるとすることはできない。本件処分のされた時期を非難する原告の主張は、原告には在留継続を要求できる地位にあるとか裁判上未確定の犯罪事実を斟酌されない権利があるとかの独自の主張を前提とするものであって採用し難い。

四以上の次第で、本件処分に被告の裁量権を逸脱し又は濫用して行われた点があるとは認められないから、右処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官橋詰均 裁判官武田美和子)

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